『MY舞☆TONIGHT』衣装のお話
皆様こんばんは、瀬口ねるです。
今回は普段のような歌詞についてのお話からちょっと趣向を変え、「衣装」についてのお話をしたいと思います。
テーマは『MY舞☆TONIGHT』の衣装のお話です。
一体なぜこのタイミングで『MY舞☆TONIGHT』の事について書こうと思ったのかといいますと、事の発端は先日発売されたラブライブ!サンシャイン!!TVアニメオフィシャルBOOK2。
この聖書に書かれている一文に、ふと思いを巡らせていたところが発端です。
ルビィが姉のダイヤのために作った、ラバー仕様の花魁風ドレスがとても印象的です。おとなしそうに見えて、ルビィはちょっと毒のあるデザインが好きなので、随所にそれが現れていると思います。
ラブライブ!サンシャイン!!TVアニメオフィシャルBOOK2
P.65 酒井和男
個人的に引っ掛かりを覚えたポイントは
・花魁(おいらん)
・毒のあるデザイン
という部分。
なぜ「舞妓」ではなく「花魁」なのか?
一体何が「毒」なのか?
これについて書いていきますので、最後までお付き合い頂けましたら幸いでありんす。
花魁とは
そもそも「花魁(おいらん)」とは一体何なのか?
舞妓とは違うのか?
そのレベルの知識だったので、少し調べてみることにした。
調べかじり聞きかじりのものなので、間違いがあったら指摘など頂けると幸いです。
花魁(おいらん)は、吉原遊廓の遊女で位の高い者のことをいう。現代の高級娼婦、高級愛人などにあたる。18世紀中頃、吉原の禿(かむろ)や新造などの妹分が姉女郎を「おいらん」と呼んだことから転じて上位の吉原遊女を指す言葉となった。(中略)
今日では、広く遊女一般を指して花魁と呼ぶこともある。
以上、Wikipediaからの引用。
吉原遊廓というのは江戸時代に幕府によって公認されていた遊郭のこと。
江戸幕府が開かれ、江戸の都市発展に伴う人材確保などにより江戸の男性人口が激増。それに伴い市中に遊女屋が点在し始めたという。
当時、幕府は遊郭なんぞにリソースを割く余裕などなかったらしく、遊女屋を営んでいた庄司甚右衛門を名主にして江戸初の遊郭「葭原(よしわら)」の設置を許可。現在の日本橋人形町あたりである。
それからほどなくして。
遊廓を公営にすることで遊郭から上納金を納めさせることができるし、市中の遊女屋をまとめて管理する治安上の利点、風紀の取り締まりなどを求める幕府と、市場の独占を求める一部の遊女屋の利害が一致した形で吉原遊廓の始まりとなった。
江戸の市中拡大につれ、吉原遊廓は移転を命じられ新吉原へ移る。現在の浅草あたりである。
この新吉原遊郭、広さにしておよそ2万坪の敷地面積だったようで、高い塀と「お歯黒どぶ」という堀によって完全に外界とは隔絶されていた箱庭だったらしい。遊郭への出入りは大門のみとなる。
高い塀と広い堀、これらは遊女と客の駆け落ちを防いだり、遊女が逃げ出すのを防いでいたためであるようだ。
花魁の話に移る。
遊女には「太夫」「格子」「散茶」「端女郎」「鉄砲女郎」などの格付けが与えられていた。
中でも「太夫」と「格子」は遊女の中でも最高級の存在であったため、一晩お相手をしていただくだけでも莫大な資金と、遊女に認められる男性としての魅力が必要だった。
莫大な資金がかかる上に「太夫」や「格子」は気分次第で男性を「振る」こともあったらしく、庶民化する時代の流れとともに消滅していった。
「太夫」「格子」の消滅とともに、下に位していた「散茶」の遊女が「呼出し」「昼三」「付廻し」という3つに分類され、繰り上がり的に最高級の遊女となり、この遊女を総称して「花魁(おいらん)」といった。
花魁道中という言葉は耳にしたことがあるだろう。
これは客から指名を受け呼び出された遊女が客の待つ茶屋まで出向き、また客を連れて戻っていくことを旅と見立てて「道中」と称したもの。
たくさんのお金を稼ぎ、きらびやかな衣装で練り歩いたり相手をしたり、限られた箱庭の中でトップの存在。男は夢の時間を味わいに、遊女は夢を与えに。
いわばアイドル的な存在。それが「花魁」なのだ。
ちなみに「花魁」と「舞妓」の違いはというと、「花魁」をはじめ遊女は先述のように「身体を売って生計を立てている」もの。
そして「舞妓」は「芸を売って生計を立てている」もの。この違いなのだ。
以上、「花魁」についてざっくりと。
ちなみに完全に余談ではあるが、吉原の歴史は火災の歴史と言われるほど火災の多かったもののようだ。
火災の度に周辺の山谷など他の場所で仮宅営業(かりたくえいぎょう)を続け、すぐまた再建を何度も繰り返していたという。
一軒でも焼け残ると幕府から仮宅営業の許可が下りないということから、遊郭で大火があると遊郭のすべて残らず燃やしてしまったのだという。
吉原大火、という大きな火災もあったようだ。
大火、これは英語で「inferno」。
インフェルノで
フェニックス!!
なのだ。
以上、余談。
なぜ「花魁」なのか
「花魁」についての知識を得たところで次の話題へ移る。
なぜ「花魁」なのか?
この曲のタイトルは『MY舞☆TONIGHT』だ。
モチーフにするなら「舞妓」のほうが圧倒的に適しているだろう。
あえて前の項にて扱わなかったが「花魁」とは高級の一流遊女のため、誰でもなれるというわけではなかった。
ただ美しいだけではなく教養も必要で、舞踊・琴・書道・茶道などの教養や芸を仕込まれていたのだ。
舞踊・琴・書道・茶道──…
Aqoursの中にも居るのだ。
幼少期からこれらをみっちりと仕込まれ、大事に大事に育てられてきた箱入り娘が居る。
黒澤ダイヤだ。
酒井監督のインタビューで語られていたり、アニメを見ていたらわかるように、これは「ルビィがダイヤのために」作った衣装なのだ。
ルビィは誰より近くで、誰より長い間ダイヤのことを見て生きてきた。
ダイヤの身の上を嫌でも間近で見てきた以上、これほど格好のモチーフとモデルは存在しないだろう。
ルビィに「花魁」の知識がどこまであったのかはわからない。
単純に「きれいだから」という理由なのかもしれない。
自分で調べたかもしれないし調べていないかもしれない。親友で博学の花丸に「花魁」というものの由来を尋ねたかもしれない。
もしかしたら花丸も、こんなことを言ったのかもしれない
「花魁さんって、ダイヤさんみたいだね」
なんて。
これらのやり取りがあったかどうかは完全に妄想だが、幼少期から教養と芸事を叩き込まれていたダイヤは「花魁」の資格を充分に満たしているのだ。
だからルビィは「花魁」を選んだ。
百花の魁
平素より肯定録を御覧頂いている方はご存知かもしれないが、「百花の魁」という言葉がある。
以前、黒澤ダイヤソロ曲『WHITE FIRST LOVE』についての記事を書いた際に取り上げた言葉だ。
segnel.hatenablog.jp
ダイヤのアイコンマークは「梅」であり、「梅」の別名を「百花の魁」と言うのである。
この「百花の魁」という言葉は、数多くある花のうち梅は1年で最も早く花を咲かせることに由来している。
百花の魁、またの名を「花魁(かかい)」という。
「花魁」という言葉はそれひとつで「梅の別称」「いち早く咲く花」「位の高い遊女」の意味を持っているのだ。
あまりにも出来すぎていると思ったが、これがラブライブ!サンシャイン!!というコンテンツ。全てに意味がある。
そして、遊郭につきものだった梅の名を冠した病気というものも存在する。
ルビィ、ずっとずっと思ってたんだ。
おねぇちゃん、絶対に合うのに、って……
そしてこれはルビィの「毒」だ。
花魁衣装の意味
「花魁」の衣装といえば豪華絢爛、どれだけきらびやかにできるかが勝負どころの衣装である。
この花魁の派手な衣装は、「花魁」にとっての花嫁衣装を意味しているため豪華になっている。
「花魁」は一晩限りのお客との“初夜”を迎えるために、豪華な花嫁衣装に身を包み、夫婦の夜の象徴であるように帯を前で結び、ほどきやすくしているのだという。
花嫁衣装のように一番外側に色打掛けを着るのもそのためらしい。
そしてこれも余談だが、旧暦の8月1日である「八朔(はっさく)」の日は初めて徳川家康が江戸に入府した日とされ、幕府にとって最も重んじられていた日だった。
庶民の間でこの日に何か特別な行事が行われていたわけではないが、吉原では武家社会をまねて「八朔」を大々的に祝う風習があり、この日の遊女はみな白無垢を着て花魁道中を行ったという。
歌川国貞 江戸新吉原八朔白無垢の図
そして今宵限りの花嫁衣装を纏った彼女たちは、舞って、こう歌う。
最高の今日にしよう!